「どの業務ならAIに任せていいのか」という線引きは、業務の名前で決めようとすると、いつまでも決まりません。先に結論を書きます。判断に必要な問いは2つだけです。①その仕事の成果物が間違っていたとき、社内の誰かが気づけるか。②間違ったまま、社外に出るか。この2つの答えの組み合わせで、任せる・下書きまで任せる・部分的に使う・任せない、の4通りに分かれます。業種も職種も関係ありません。この記事では、2つの問いの立て方と、自社の業務を仕分ける手順、そして線を引いたあとに運用で崩れる場所を書きます。
「経理はいい」「営業はダメ」では線が引けない
社内でこの話をすると、たいてい業務の名前で議論が始まります。議事録は任せていい、見積は危ない、営業メールは微妙——といった具合です。ところが、同じ「見積」でも、社内の検討用に概算を出すのと、お客様に出す金額を確定させるのとでは、間違えたときの結果がまったく違います。業務名は粒度が粗すぎて、線を引く単位になりません。
もう一つ、よくある決め方が「重要度」です。重要な仕事は人が、そうでない仕事はAIが、という分け方をすると、判断が人によってぶれます。何が重要かは立場で変わるためです。
ぶれない基準にするには、その仕事の内容ではなく、間違いがどう扱われるかを見ます。
線を引く2つの問い
1つの作業について、順に答えます。
- 間違いに気づけるか。出てきた成果物を見て、社内の誰かが「これは違う」と判定できるか。判定できるのは、答えを知っている場合か、確かめる手段がある場合だけです。「もっともらしく読めるかどうか」は判定ではありません。
- 間違ったまま外に出るか。社外のお客様・応募者・取引先に、そのまま届く形か。届いてから直せるものか、届いた時点で取り返しがつかないものか。
この2つは、どちらも社内で答えられます。AIの性能や種類を調べる必要はありません。
2つの答えで、4通りに分かれる
| 外に出ない(社内で完結) | 外に出る(社外に届く) | |
|---|---|---|
| 間違いに気づける | 任せる。下書きも仕上げもAIで構わない。人は結果だけ見る 例:社内向けの要約、検討用のたたき台、作業手順の整理 |
下書きまで任せる。出す前に、答えを知っている人が1回通す 例:お客様向け文面の下書き、求人原稿の初稿 |
| 間違いに気づけない | 部分的に使う。結論を出させず、材料集めと整理までにとどめる 例:知らない分野の調査、社内に前例のない検討 |
任せない。ここだけは工程から外す 例:金額の確定、契約・法令に関わる記載、事実として出す数字 |
右下(気づけない×外に出る)が、事故が起きる唯一の領域です。逆に言えば、そこさえ外せば、残りは進め方の違いでしかありません。禁止リストを長くするより、右下を1つずつ特定するほうが早く終わります。
なお、右上(気づける×外に出る)を「下書きまで」と書いているのは、確認する人が必要だからです。ここで確認役を置かずに運用すると、右下と同じ結果になります。
自社の業務を仕分ける手順
会議は要りません。1人で30分、あとで持ち寄る形で構いません。
手順1:先週やった仕事を、20個書き出す
業務分類の一覧を作らないでください。作ろうとすると終わりません。実際に先週手を動かした作業を、思い出せる順に20個並べます。粒度はばらばらで構いません。
手順2:2つの問いに、○×を付ける
1件ずつ、上の2つの問いに答えます。迷ったら×(気づけない/外に出る)に倒してください。安全側に倒しても、あとで動かせます。
手順3:「気づけない」に×が付いた理由を、2つに分ける
ここが分かれ目です。気づけない理由は、たいてい次のどちらかです。
- 知識が社内に無い——正しいかどうかを判定できる人がいない。この場合、AIを使う前に、判定できる状態を作る話になります
- 事実の確認をしていないだけ——調べれば分かるが、確認の手順が決まっていない。この場合は、確認手順を1つ決めれば右上へ移せます
後者はかなりの割合を占めます。数字・固有名詞・日付は、出典に当たれば確認できます。確認の手順が無いことが理由で「任せられない」に置かれている作業は、手順を決めるだけで扱いが変わります。
この仕分けは、業務の棚卸しの一部として行うと早く終わります。棚卸しそのものの進め方はAI導入は何から始めるかにまとめています。
線を引いたあと、運用で崩れる3つの場所
一度決めた線は、放っておくと必ずずれます。ずれ方は決まっています。
- 慣れによる格上げ。「下書きまで」で始めたものが、うまくいくうちに確認を飛ばすようになります。崩れるのは失敗したときではなく、成功が続いたときです。
- 入力する情報の拡大。最初は一般的な内容で使っていたものに、お客様の名前や社内の数字を入れ始めます。線引きは成果物の話だけでなく、入れる情報の話でもあります。何を入れてよいかは、任せる範囲とは別に決めてください。
- 担当者の交代。線を引いた本人が異動すると、理由が引き継がれません。残すのは禁止事項の一覧ではなく、2つの問いのほうです。問いが残っていれば、新しい作業にも当てられます。
線を引いても現場で使われない、という別の問題についてはAI導入が現場に定着しない3つの理由で扱っています。線引きは、使われている状態で初めて意味を持ちます。
※ ここに書いた2つの問いと4分類は、当社が自社の業務とお客様の支援で使っている整理の型です。業種によっては、法令・業界規制・お客様との契約が、この整理より先に効きます。それらがある場合は、そちらを先に確認してください。本記事は、社内で線を引き始めるための考え方であり、規制対応や社内規程の完成形を示すものではありません。
この考え方の呼び名
ここまで、専門用語を使わずに書いてきました。最後に名前を渡しておきます。
「外に出る前に人が1回通す」という設計はヒューマン・イン・ザ・ループ(human in the loop)と呼ばれます。AIがもっともらしい誤りを出す現象はハルシネーション(幻覚)、入れてよい情報と扱い方を定めることはAI利用ガイドライン、それを組織として運用する枠組み全体はAIガバナンスと呼ばれます。手順3で分けた「事実の確認」を工程として組み込む考え方は、ファクトチェックの設計にあたります。
名前は最後で構いません。先に必要なのは、自社の作業20個に○×を付けることです。当社がAI導入をどう支援しているかはAI導入コンサルティングのページに公開しています。無料の診断でも、まずこの仕分けから始めています。
よくある質問
禁止事項を一覧にして配るのでは駄目ですか。
一覧は、載っていない作業が出てきた瞬間に効かなくなります。新しい使い方は毎月出てくるため、一覧の更新が追いつきません。配るなら、一覧ではなく2つの問いを配ってください。判断の仕方が残れば、初めての作業にも当てられます。
「間違いに気づける人」が社内にいない業務は、どうすればいいですか。
その業務は、いまはAIの担当範囲ではありません。判定できる人がいない状態で成果物だけが増えると、正しさが誰にも分からないまま社内に蓄積します。先に、外部の専門家に確認してもらう手順を決めるか、その分野を扱わないかの判断になります。
社員が顧客情報を入力しないか心配です。
これは成果物の線引きとは別の話で、入力する情報の線引きです。分けて決めてください。成果物の分類だけを決めて配ると、入力側は無防備なまま残ります。判断の順としては、まず「入れてはいけない情報」を短く定義し、そのうえで成果物の4分類を当てます。
どこまで社内規程に落とすべきですか。
最初から規程にしなくて構いません。手順1〜3を1回やって、右下(任せない)に入った作業を数件、名前つきで共有するところから始めてください。規程は、実際の作業が集まってからのほうが、現場で使える形になります。

