AIを入れたい。ただ、月に数万円のツール代と、導入にかかる手間と、外部に頼むならその費用が、本当に見合うのか判断できない。この相談は、経営者から最も多く聞くものの一つです。先に結論を書きます。「費用に見合うか」が判断できないのは、費用が分からないからではなく、効果の側が「業務の名前」でしか置かれていないからです。「見積作成にAIを使う」では判断できません。「見積作成のうち、誰の、何時間が、月に何回減り、その時間が何に回るか」まで書けて、初めて費用と並べられます。そして、書き出してみると、減る時間だけでなく増える時間(確認の時間)もあることが分かります。この記事では、効果を3種類に分けて「測れるもの」と「測れないもの」を切り分ける見方、1時間で自社の3業務について費用と並べられる形にする手順、判断できないときにどう決めるかを扱います。AI導入コンサルが何をしてくれるか、何から始めるべきかの棚卸しは別の記事で扱っているので、ここでは「投資として判断できる形にする」ことに絞ります。
「見合うか分からない」のは、効果が業務の名前で止まっているから
費用の側は、はっきりしています。ツールの月額、外部に頼むならその月額、社内の人が導入に使う時間。どれも数字にできます。判断できなくなるのは効果の側です。「議事録をAIで」「見積をAIで」「求人票をAIで」と業務の名前で並べると、それぞれが「便利になりそう」で止まり、費用と同じ単位になりません。
費用と並べられる単位は、時間です。「誰の」「何の作業の」「何分が」「月に何回」減るか。この4つが書けると、月に何時間が浮くかが出て、その時間がその人の給与のどのくらいに当たるかも出ます。ここまで来て初めて、ツール代と同じ列に置けます。逆に言えば、4つが書けない業務は、まだ判断できる段階にありません。
当社は社内のエンジニアが0人のまま、代表が営業・会計・経営戦略・WEB制作・デザインなど12領域でAIを挟んで社内運用し、LP・ページの公開と改修を214回、社内だけで回してきました(うまくいかなかった回も含みます)。その過程で最初に躓いたのも、この「業務の名前で効果を考えていた」段階です。何に何時間かかっていたかを書き出すまで、どこに使えば意味があるかは判断できませんでした。
効果は3種類ある。測れるのは1つ、測りにくいのが2つ
| 効果の種類 | 何が起きるか | 測れるか | 投資判断での扱い |
|---|---|---|---|
| ① 時間が減る | 今かかっている作業の一部が短くなる(下書き・要約・整形・調べ物) | 測れる。前後で分数を数えればよい | 費用と直接並べる。判断の主軸はここ |
| ② 質が揃う | 人によってばらついていた成果物(見積の文面・議事録の粒度・求人票の書き方)が同じ水準になる | 測りにくい。ばらつきの減少は数えられるが、金額にはなりにくい | 費用の根拠にはせず、①の副次効果として書き添える |
| ③ できなかったことができる | 人手が無くてやっていなかった仕事(月次の分析・顧客ごとの提案文・採用ページの改修)が回り始める | 今は測れない。始めてから測る対象になる | 投資判断には入れない。入れると「期待」で費用を正当化してしまう |
多くの「見合うか分からない」は、②と③を①と同じ列に並べようとして起きます。②と③は、あると嬉しい効果ですが、まだ測れていない段階で費用の根拠にすると、判断が期待で膨らみます。投資判断は①だけで行い、②と③は「始めてから測る」に回す。これが、判断できる形にする最初の切り分けです。
1時間で、3業務を費用と並べられる形にする
必要なのは、紙1枚と、先週の仕事の記憶だけです。ツールを契約する前にできます。業務の候補がまだ絞れていない場合は、先にAI導入は何から始めるべきかで扱った棚卸しで3つに絞ってから、この手順に入ってください。
手順1:3つの業務について、「誰が・何分・月に何回」を書く
候補の3業務それぞれについて、今それをやっている人の名前、1回にかかっている時間、月の回数を書きます。正確でなくて構いません。「議事録:Aさん・1回40分・月8回」のように、桁が合っていれば十分です。掛け算で月の時間が出ます。この例なら月320分、およそ5時間強です。
手順2:その作業を、「AIに渡せる部分」と「人が残す部分」に割る
1回40分の議事録なら、録音から文字にする・要約する・整形する部分と、内容が正しいか確認する・決定事項を確定する部分に分かれます。前者がAIに渡せる部分、後者が人が残す部分です。渡せる部分の時間だけを、減る時間として数えます。ここで注意が要るのは、人が残す部分は、AIを入れると増えることがある点です。AIの出力を確認する時間は、これまで無かった作業です。渡せる部分から減る時間と、確認で増える時間の差し引きが、実際に減る時間です。差し引きがゼロに近い業務は、①の効果が無い業務なので、候補から外します。
手順3:減る時間を、その人の時給の目安に換算する
手順2で出た「実際に減る月の時間」に、その人の時給の目安(月給を月の労働時間で割ったもの)を掛けます。金額の正確さより、ツール代や外部費用と桁が合っているかを見るためです。3業務の合計が、月のツール代を明らかに下回るなら、その3業務では見合いません。別の業務を探すか、始めない判断になります。
手順4:減った時間の「行き先」を1行書く
ここが、多くの会社で抜けている手順です。月に5時間減ったとして、その5時間がどこへ行くかが決まっていないと、減った時間は消えます。「営業の訪問を月1件増やす」「採用ページの改修に充てる」のように、行き先を1行書いておきます。行き先が書けない業務は、時間が減っても会社の何かが変わらないので、優先順位を下げます。ここまでで、3業務それぞれについて「月に何時間減り、いくらに当たり、その時間で何をするか」が1枚に出ます。これが、費用と並べられる形です。当社の無料診断でも、まずこの1枚を一緒に作るところから始めています。
判断できないとき、どう決めるか
手順を踏んでも、「見合うかどうか微妙」という結果が出ることはあります。そのときの決め方を、順に書きます。
- 期間を切って始め、①を実測する。判断できないのは、効果の数字が予測だからです。1〜3か月と期間を決め、手順1で書いた「誰が・何分・月に何回」を、始めた後に同じ形で数え直します。予測と実測の差が、次の判断の材料になります。当社のAI導入支援が、1年契約で縛らず、段階ごとに続けるかを選べる形にしているのは、この「実測してから次を決める」順番を守るためです。
- ②と③は、①が確認できてから数える。質が揃ったか、できなかったことができるようになったかは、①の時間が実際に減った後に見ます。順番を逆にすると、時間は減っていないのに「質は上がった気がする」で続けてしまいます。
- それでも①が出ない業務は、AIの問題ではなく業務の選び方の問題として戻る。3業務で①が出なければ、ツールを変えるのではなく、業務の候補を選び直します。AIに向いている業務と向いていない業務の線の引き方はAIに任せていい仕事と、人が確認すべき仕事で扱っています。
始めても半年後に誰も使っていない、という状態は珍しくありません。その多くはツールの選び方ではなく、業務の手順が変わっていないことが原因です。この点はAI導入が現場に定着しないで扱っています。「見合うか」の判断と「定着するか」の設計は別の話で、前者だけ通っても後者が無いと、①の時間は元に戻ります。
※ 当社は、AI導入によって顧客企業の業務時間がどれだけ減ったか、投資に対してどれだけ回収できたかを、平均値や改善率として公開していません。この記事で書いているのは、自社で12領域にAIを挟んで運用してきた過程と、支援の実務で見てきた「判断できる形にする」手順であり、AIを入れれば費用が回収できるという保証ではありません。当社の支援の料金は初月15万円からで、AI導入コンサルティングのページに段階ごとの内容と金額を公開しています。
この考え方の呼び名
ここまで、専門用語を使わずに書いてきました。最後に名前を渡しておきます。
投じた費用に対してどれだけの効果が返ってくるかを見る考え方は、ROI(Return on Investment:投資対効果)と呼ばれています。ツール代だけでなく、導入の手間・確認の時間・教育の時間まで含めた費用の全体を見る考え方はTCO(Total Cost of Ownership:総保有コスト)です。この記事の手順2で「確認で増える時間」を差し引いたのは、TCOの考え方を業務1つの単位に落としたものです。また、期間を切って小さく始め、実測してから広げるやり方は、PoC(Proof of Concept:概念実証)やパイロット導入と呼ばれています。
名前は最後で構いません。先に必要なのは、候補の3業務について「誰の・何分が・月に何回」減り、その時間がどこへ行くかを、紙1枚に書くことです。
よくある質問
ツール代は月数千円です。それでも計算する必要がありますか。
ツール代が小さくても、社内の人が導入と確認に使う時間は費用です。月数千円のツールでも、使い方を覚える時間と、出力を確認する時間を足すと、月に数時間分の人件費になります。計算するのは、ツール代を惜しむためではなく、「どの業務に使えば時間が減るか」を決めるためです。金額が小さいほど、業務の選び方で効果が決まります。
効果が数字で出ない業務は、やらないほうがいいのですか。
やらないのではなく、投資判断の根拠にしない、ということです。質が揃う・できなかったことができる、という効果は、始めてから測る対象です。時間が減ることが確認できた業務を先に回し、その次に、数字で出にくい業務を「実測しながら」試す順番にします。最初から数字で出ない業務に費用をかけると、続けるかどうかを判断する材料が無いまま費用だけが続きます。
外部に頼む費用と、社内でやる手間は、どちらが安いのですか。
業務と社内の体制によるので、一概には言えません。判断の仕方は同じで、社内でやる場合の「導入に使う人の時間×時給の目安」と、外部の月額を並べます。社内でやる場合は、その人の本来の仕事が止まる時間も費用に入れます。当社の支援は、業務の型を作って納品し、段階ごとに続けるかを選べる形にしているので、外部費用を「実測してから続けるかを決める」単位で置けます。
減った時間の行き先が思いつきません。それでも始めていいですか。
行き先が無い業務は、優先順位を下げることをすすめます。時間が減っても、その時間で何かが増えなければ、会社として変わったことがありません。逆に、「これをやりたいが時間が無い」という仕事が既にあるなら、そこに時間を回せる業務から始めると、効果が見えやすくなります。

