「AIを入れたいが、何から始めればいいか分からない」というご相談を、当社もよく受けます。先に結論を書きます。始まりはツール選びでも研修でもなく、いま社内で起きている仕事を書き出すことです。書き出したうえで「頻度が高く、やり方が人によってばらついている仕事」を3つだけ選ぶ。これが最初の一手になります。所要はおよそ1時間、費用はかかりません。この記事では、その1時間の中身と、選んではいけない業務、そして選んだあとに何をすれば定着するかを書きます。
「何から始めるか」が決まらないのは、入口を間違えているから
相談の場でよく起きるのは、次のような会話です。「どのツールを契約すればいいですか」「まず全社員に研修をしたほうがいいですか」。どちらも自然な問いですが、この順番で始めると、たいてい同じところで止まります。
理由は単純で、ツールも研修も「何に使うか」が決まっていないと空回りするからです。契約したアカウントは、検索の代わりに週に数回使われるだけで終わります。研修は、受けた直後は動いても、翌週には元の手順に戻ります。足りないのはAIの知識ではなく、その業務を「どういう観点で、どういう手順で、何を基準に判断するか」という型のほうです。
だから最初にやるのは、選ぶことではなく並べることです。いま社内で何が、どのくらいの頻度で、誰の手で行われているか。それが見えないうちは、どのツールでも同じ結果になります。定着しない構造そのものについてはAI導入が現場に定着しない3つの理由にまとめています。この記事は、その手前の「並べ方」の話です。
見るのは「頻度」と「迷いの量」の2軸だけ
業務を並べたあと、どれを選ぶか。判断軸は2つで足ります。
- 頻度——週に何回発生するか。月に1回の仕事を効率化しても、体感は変わりません。
- 迷いの量——毎回ゼロから考えているか。「どう書き始めるか」で手が止まる仕事ほど、型を作る価値が大きくなります。
この2つが両方とも高い仕事が、最初の候補です。多くの会社では、見積書の作成、議事録、提案資料のたたき台、調べ物、メールや文書の下書きあたりが該当します。逆に、頻度は高くても迷いがない仕事——決まったフォーマットに数字を転記するだけの作業などは、AIより先に手順そのものを見直したほうが早い場合があります。
ここで大事なのは、「AIができそうな仕事」から選ばないことです。できそうかどうかは、やってみる前には分かりません。会社にとって重い仕事から選び、載せられるかを試す。この順番だと、うまくいかなかったときも「その業務は向かなかった」という判断が残ります。
1時間でできる、業務の棚卸し手順
紙とペン、または表計算ソフト1枚があれば足ります。
手順1:先週1週間の仕事を、思い出せるだけ書き出す
「業務一覧」を作ろうとすると手が止まります。作るのは一覧ではなく、先週の記録です。カレンダーとメールの送信済みフォルダを開いて、実際にやったことを箇条書きにしていきます。粒度は揃わなくて構いません。「A社の見積を作った」「定例の議事録を書いた」「新しい取引先を調べた」——この程度で十分です。
これを、社長だけでなく各部署から1人ずつやってもらうのが要点です。上の人だけで書き出すと、現場で本当に時間を食っている仕事が抜け落ちます。
手順2:それぞれに「頻度」と「毎回ゼロから考えているか」を付ける
書き出した各項目の横に、2つだけ印を付けます。週に何回発生するか(週次・月次・不定期)と、毎回ゼロから考えているか(はい/いいえ)です。時間の計測は要りません。分単位で測ろうとすると、そこで作業が止まります。
手順3:「週次以上」かつ「毎回ゼロから」の行だけを残す
両方に当てはまる行だけを抜き出します。この時点で、たいてい5〜15行くらいに絞られます。ここまでで30分ほどです。
手順4:残った中から3つだけ選び、理由を1行書く
最後に3つに絞ります。3つより多いと、どれも中途半端になります。選ぶときは、「これが型になったら、誰の手が空くか」を1行で書いてください。書けないものは選ばない。書けないということは、効果を後から確かめられないということです。
当社はこの整理を無料の診断としても行っています(AI導入コンサルティングのページに手順を公開しています。フォーム送信は1分)。ただし、上の4手順は社内だけでも完了できます。
最初に選んではいけない業務
候補が絞れたら、外すべきものを外します。技術的な難しさではなく、間違えたときに誰が困るかで判断してください。
| 区分 | 具体例 | 判断の理由 |
|---|---|---|
| 最初に向く | 見積のたたき台、議事録、資料の構成案、調べ物の下ごしらえ、文書の下書き | 人が必ず目を通してから外に出る。間違いがその場で見つかる |
| 2段階目以降に向く | 定型的な問い合わせへの返信案、社内マニュアルの整理、データの要約 | 型が固まってからのほうが安全。最初の3つの成果を見てから広げる |
| 最初は外す | そのまま社外へ出る文書、金額・納期の確定、人事評価、法務・労務の判断 | 誤りが外に出たときの損害が大きい。人の確認工程を先に設計する必要がある |
| AIより先に別のことをする | 手順が人によってばらばらで、正解が社内にない仕事 | 型が存在しないものは型にできない。まず正解を1つ決める |
表の一番下の行は、意外とよく当たります。「AIに任せたい」と言われた業務が、実は社内で正解が決まっていない業務だった、という場合です。この場合の最初の一手はAIではなく、誰か1人のやり方を暫定の正解として決めることです。それが決まって初めて、型にできます。
3つ決めたあと、定着させるために要ること
選んだだけでは変わりません。ここから先で必要なのは、次の3点です。
- 型を文章にする——その業務の観点・手順・判断基準を、AIに渡せる形の指示文にする。頭の中にあるうちは共有できません。
- 合格ラインを決める——出てきたものを、何をもって「使える」とするか。ここが無いと、人によって評価がばらつき、結局元の手順に戻ります。
- 使った回数を数える——週に何回その型が使われたか。数えていないと、続いているのか止まっているのかが分かりません。
3つ目が特に落ちやすい部分です。当社は「測れない改善は提案しない」を最初に決めており、自社でも同じことをしています。当社の代表は社内エンジニア0人のまま、自社のLP・ページの公開と改修を214回(うまくいかなかった回も含む)社内だけで行ってきました。回数を数えているから、何が型になったかを言えます。この集計条件はAI導入コンサルティングのページに公開しています。
※ ここに挙げた進め方は、当社が自社と支援先で行っている手順です。到達の早さは、実際に使う時間と社内の取り組み方によって変わります。期間や成果を保証するものではありません。
この考え方の呼び名
ここまで、専門用語を使わずに書いてきました。最後に名前を渡しておきます。
いま社内で行われている仕事を書き出し、頻度と性質で並べ直す作業は業務棚卸し(業務の可視化)と呼ばれます。その中からAIを適用する対象を絞り込むことはユースケース選定、選んだ業務の観点・手順・判断基準を指示文の形にすることはプロンプト設計、それを複数の手順につないで日常業務として回る形にすることはワークフロー化です。そして、外注していた仕事を社内で回せる状態に戻していく方針全体を内製化と呼びます。
もう一つ、隣にある領域があります。社内でAIを使えるようになることと、社外のAIから自社が正しく理解されることは別の話です。後者はAIO(AI Optimization)・LLMO(Large Language Model Optimization)・GEO(Generative Engine Optimization)と呼ばれ、従来のSEO(検索エンジン最適化)の隣に増えた領域です。違いと着手順はSEO・AEO・LLMOの違いと、やるべき順番に、自社がAIにどう説明されているかを確かめる手順はChatGPTに聞いても自社が出てこないにまとめています。
よくある質問
棚卸しは、誰がやるべきですか。
書き出す人は各部署から1人ずつ、まとめる人は1人に決めてください。社長だけで書き出すと、現場で時間を食っている仕事が抜けます。逆に全員に書かせると集まらないため、まずは部署ごとに1人で構いません。
3つに絞らず、まとめて進めたほうが早くないですか。
早くなりません。同時に複数を変えると、うまくいったときもいかなかったときも、何が効いたのかが分からなくなります。3つで型を作り、使われた回数を数え、そこで分かったことを次に回すほうが結果的に速く進みます。
どのAIツールを使うべきですか。
最初の3つが決まるまでは、いま契約しているもので試して構いません。業務が決まる前にツールを比較しても、比較の基準が作れないためです。3つの型ができてから、その業務に必要な条件(社内データを扱うか、外部に出せない情報を含むか)で選び直すのが順番です。
棚卸しはしたものの、どれを選べばいいか判断できません。
書き出した一覧と、選べずに迷っている理由があれば、そこから話ができます。当社のAI導入の無料診断では、社内のAI活用度の現在地、最初に載せ替えるべき業務3項目、外注費の棚卸しをレポートで返しています(フォーム送信は1分、営業電話はしません)。診断だけで終えていただいて構いません。

